シーの25周年「東京ディズニーシー25周年“スパークリング・ジュビリー”」行ってきました。
アフターコロナ2度目のシー周年イベント。
では早速皆さんお待ちかね、ハーバーで行われているエンターテイメント「スパークリング・ジュビリー・セレブレーション」の辛口レビューをやってみたいと思います。
ここからは「スパークリング・ジュビリー・セレブレーション」(以降ジュビリー)のネタバレや酷評を含む可能性があります。
ネタバレや酷評を見たくない方は今すぐ引き返してください。
ここまで来た方はネタバレ酷評OKで間違いないですね?
では辛口レビュアーろじねこさんによる「スパークリング・ジュビリー・セレブレーション」斬りです。
ディズニーの未来を示したグリーティングでした。
ジュビリーはいつも通りのグリーティングスタイルのショーなので、ストーリーやテーマ方面では一切語ることはありません。
なので、ここからは思いついたことをつらつらと書いていきます。
ジュビリーを見ながら一番感じたのは「これが20周年の時のグリーティングだったらすごい盛り上がったんだろうなぁ」ということです。
このブログを見に来る方たちはご存じの通り、コロナ以降シーのイベントのハーバーショーはすべてグリーティング形式で行われてきました。
具体的に言うと、船に乗ってキャラクターたちが登場して、その船のままハーバーを周回して帰っていくスタイルです。
しかし今回のジュビリーはゲストの目の前にキャラクターたちが登場します。
ここ数年のハーバーグリーティングから考えると革命的な事件と言えます。
しかし先ほど述べたようにろじねこさんは「これが20周年の時のグリーティングだったらすごい盛り上がったんだろうなぁ」と思い、心は冷めていく一方でした。
同じ演出なのに、やる時期によってここまで意味が変わってしまうものなのか・・・
もし20周年の時にこの演出が行われていれば、それはハーバーショーの復活を意味します。
密を避けるためにずっとグリーティング形式を取ってきたが、遂に目の前にキャラクターとダンサーが帰ってきたぞ!
私たちが熱狂し、心燃やしたあのハーバーショーが帰ってくるんだ!!
まだまだ中途半端ではあるが、これがディズニー復活の号砲なのだ!!と・・・
しかし20周年にはそんなことは起きず、目の前にキャラクターが帰ってきたのは、さらに5年後の2026年シー25周年イヤーでした。
もはや「密」という言葉さえも死語と言っても差し支えないほどの月日が経った2026年になっても、中途半端なショーしか出来ない。
いや、「やらない」が正しいのでしょう。
この期に及んでまだこんなことをやっているという事は、これはもう「絶対にハーバーショーはしない」という決意の表れにほかないりません。
もう絶対に以前のような形式のハーバーショーをやることは無いのです。
ろじねこさんはシー15周年の時、イベントのイラストに描かれているクリスタルを螺旋階段と受け取りました。
それは同じ場所で同じ事(シーズンイベント)を繰り返しているようで、ディズニーは常に上に進んでいくのだと言う決意表明に他なりませんでした。
しかし25周年で示した決意は「ハーバーショーなんか絶対やらない」と言う地獄の様な決意でした。
グリーティングでお茶を濁す姿や、食べ物や飲み物で追加課金ばかりを迫るイベントや、
勝手に写真撮って楽しめとばかりに置かれたオブジェや壁の落書きに絶望しながらも、心のどこかでいつか以前のようなシーのイベントが帰ってくるのではと思っていましたが、
その夢も潰えました。
繰り返します。
ジュビリーをもってディズニーのハーバーショーは完全に終わりました。
ろじねこさんの敗北です。
ろじねこさんがディズニーのショーの崩壊を明確に意識したのは2015年でした。
その時「いつかこの年がディズニーの崩壊の始まりだった」と言われる様になるのではないか・・・と感じていました
だからろじねこさんは、ずっと辛口レビューでディズニーと戦ってきました(ろじねこさんなりに)。
それは舞浜のショー文化を守るには「今しかない」と思っていたからです。
しかし、やはりろじねこさん一人の力ではどうすることも出来ませんでした。
いや、最初からろじねこさんにどうにか出来るとは思っていませんでした。
ただアリバイを作っていただけでした。
「私はちゃんと指摘したからね。」と。
いま多くのユーチューバーやD系インフルエンサーがディズニー批判をしているが、その方たちはディズニーの崩壊が始まった2015年に何をしていたのか?
「私はちゃんと指摘していたからね。」
あの時、ろじねこさんが感じた未来への不安が、ただ現実になっただけなのです。
さて、言いたいことは言い切ったので、ジュビリーの内容にも触れておきましょう。
ジュビリーは3か所で同時開催されます。
場所はミキ広、リドアイル、ザンビ前。
ろじねこさんはリド(立ち最前)とミキ広(座り)で鑑賞しましたが、基本的には同じ構成でした。
違いは登場するキャラクターでした。
リドはチップさん、デールさん、クラリス嬢で、
ミキ広は船上のダッフィさん、シェリーメイさんを除く、ダッフィ&フレンズの面々
ザビ前はリドから見たところピノキオさん御一行の様に見えました。
そもそも内容がないショーなので、場所の選択はキャラの好みでは良いでしょう。
客席には通路側確保されており、その通路をキャラクターが通るので、通路側のゲストは文字通りキャラ達と触れ合う事も可能でした。
中身の無いショーとは言え、キャラが近くまで来るとやっぱりテンションが上がります。
これはショーの出来不出来に関係なく、単なるオタの習性と言っても良いでしょう。
内容はさておき、通路側の席を確保(または当たる)が出来れば、ある程度の待ち時間に対しては充分ペイ出来るショーとも言えます。
そして次に気になったのはキャストさんの登場です。
ショー中盤に色んな部署のキャストさんが登場して、キャラクター達とショーを盛り上げます。
なんでキャスト?
なんでダンサーじゃないの?
いや、キャストさんが出るのは全く問題ありません。
シーが25年続いて来れたのは、キャストさん達の努力によるところも大きいです。
なので一緒に周年イベントを祝うのは大いに結構です。
共に祝いましょう。
しかし、ダンサーさんはいいのか?
シー25年の歴史において、ダンサーさんは触れる価値もないということなのか?
もはやシーにおいてダンサーさんはアンタッチャブルな存在になっているのか?
ショーという作品には色んな思いが込められています。
それがディズニーのショーの魅力でした。
しかし今のハーバーショーはどんなに頑張って解釈しても「お金をかけたくない」しか受け取ることが出来なくなってしまいました。
昨今のあらゆるコンテンツは「扱いやすい単純な客」を求めているのではと感じています。
そして我らがディズニーも同じようにどんどん扱いやすい単純なゲストを選別するようになってきました。
誰でも楽しめる高いエンターテイメント性と、深いテーマ性は両立すると思っています。簡単なことではないけど。
かわいいキャラクターを求めるゲスト
ポジティブで前向きな世界を求めるゲスト
彼らを満足させつつ、それでいて人の心の奥底にある感情を揺さぶるようなショー
それがディズニーのショーだと思っていました。
最高のショーを求める客と、それ以上のショーを目指す作り手。
ろじねこさんにとって「ショー」とは、ディズニーとゲストとの真剣勝負だと思っていました。
しかしいつからかディズニーは真剣勝負のリングから降り、安易にお金を払う客のみを相手にするようになりました。
いまのディズニーが求めるのは、自分達の作品と本気で向かい合うゲストではなく、丸3つを見たら無条件に財布を開く機械の様なゲストなのでしょう。
そんな客ばかりが増えていけば「ディズニーはキモいオタしか行かないテーマパーク」という認識が広がってしまいかねません。
SNSが普及しきった現在において、莫大な広告費にものを言わせたイメージ戦略がいつまでも通用するわけではないのに・・・
今のディズニーは、ただかっこつけて落ちているだけに見えてならない。

